こんばんはtakaです。
今回(2021年2月2日)放送の
サラメシでは
昨年(2020年に)惜しまれながら亡くなられた
“エースのジョー”の愛称で親しまれた
昭和を代表する名優・宍戸錠さんが
愛したカツカレーが取り上げられます。
小林旭さん(81)や故・石原裕次郎さん(享年52)の
敵役としての活躍が記憶に蘇りますね。
また俳優業以外にも『くいしん坊!万才』
のレポーターとしても、多くの人から愛されました
そんな人が愛するカツカレー。
輝かしい活躍にもかかわらず庶民的な料理がサラメシなんですね。
そんな宍戸錠さんのエピソードに興味があり調べてみましたので
一緒に見ていきましょう
以前放送された、他の芸能人の方の
お気に入りのお店や美人さんのサラメシなど
素敵なサラメシがたくさん
いろんな場所で様々な素敵なサラメシが
今日も食べられているということが分かりますね
目次
1.宍戸錠さん のプロフィール
名前 :宍戸錠(ししど じょう)
生まれ:1933年12月6日
享年 : 2020年1月18日
出身 :大阪府大阪市北区
職業 :俳優・タレント・司会者
プロフのお写真は60歳頃のお姿ですね。
以下のお写真は若かりし頃の様子。
日大在学中の1954年、
日活の第1期ニューフェイスに合格し、
中退して日活に入社。
「警察日記」で本格的に映画デビューした。
頬を膨らませる整形手術をして以降、
アクション映画で活躍。
気取ったしぐさが個性となり、人気を得ました。
“エースのジョー”の愛称で親しまれた
昭和を代表する名優の生きざまは豪快そのものでした。
そんな名優の愛したサラメシが撮影所のカツカレーとは
庶民的で意外な感じですね。
こんなに有名な人を惹きつけるようなものがあるということでしょうか?
2. 宍戸錠さんのサラメシ「カツカレー」日活調布撮影所の食堂の場所やアクセスは?
そんな宍戸錠さんさんの愛したカツカレーを提供する
お店は日活調布撮影所の食堂。
場所などの情報は以下の通りです。
店名:日活調布撮影所食堂
所在地: 東京都調布市染地2-8-12
電話:042-483-1511
アクセス:京王線、小田急線
京王線
調布駅南口下車 →京王バス4番のりば
「多摩川住宅西」行き →『ライオンズマンション』下車
布田駅 下車 →徒歩12分
小田急線
狛江駅北口下車 →小田急バス「多摩川住宅中央」行き
『多摩川住宅南口』下車 →徒歩7分
外観:撮影所食堂の外観
食道内の状況が分かる動画もありました。
動画では石原裕次郎さんも来ていたことを取り上げています。
撮影所内にあるので多くの著名人が利用していたようですね。
3. 宍戸錠さんのサラメシ「カツカレー」
そんな撮影所内の食堂にて宍戸錠さんが
愛したメニューのカツカレー。
750円と料金も庶民的。
この食堂の他のメニューも
日替わり定食が650円と
とてもお財布にも優しい、メニュー・料金ともに
店内の雰囲気も庶民的ないい雰囲気ですね。
宍戸錠さんと言えば、日活黄金時代のスターとして名をはせ、
これまで500本近くもの映画に出演しました。
“エースのジョー”というカッコいい愛称で親しまれた
昭和を代表する名優の生きざまは豪快そのものだった。
その豪快なエピソードには事欠かないくらいで
宍戸さんは’55年に銀幕デビューし、
小林旭さん(81)や故・石原裕次郎さん(享年52)の敵役として活躍しました。
俳優業以外にも『くいしん坊!万才』のレポーターとしても、
多くの人から愛されました。
ブレーク後は、銀座や六本木のクラブで夜な夜な遊びまわり、
女性関係もど派手で、『寝た女は1千300人以上』と豪語していたそうです」
私の持つ、
「いかにも昭和の時代の大物芸能人」
という変な(?)イメージそのものという感じですね。
今の時代では炎上しまくりなのでは?という行動です。
そんな芸能界で大活躍で派手なイメージの宍戸錠さんが愛した
サラメシがカツカレーというのが非常に親しみが持てますよね~。
他にもそんな庶民的なエピソードがあるのでしょうか?
調べてみました。
他にも著名人が愛したサラメシをまとめてみました
著名人の意外な料理がサラメシがご覧になれるかも
4.宍戸錠さんの意外に庶民的なエピソードがたくさん!?
宍戸錠さんは日活調布撮影所でもエピソードがあり、
例えば高橋英樹さんとのエピソード。
今は大俳優の高橋英樹さんですが、芸能界入りを親から反対され
デビュー当時は毎日の食事にも困る貧乏生活のところに
いつもお腹を空かせていた高橋さんは、
食事時になると撮影所にある食堂の前に立っていたという。
そうすると、やってきた石原裕次郎さんや小林旭さん、
宍戸錠さんなど先輩俳優が
『おう、英樹!メシ食ったか?まだなら、一緒に食おう』と声をかけてくれ
いつもごちそうしてくれたという。
そんな時、高橋さんがいつも食べていたのが「カツカレー」だった。
他にも庶民的なエピソードはたくさん
地元の東京・仙川では“庶民派な素顔”も見せていた。
宍戸さんが30年以上通った和食店の女将はこう語る。
「ジーンズ姿で商店街を闊歩する宍戸さんの姿は
まるで“仙川のチャールズ・ブロンソン”と評判でした。
晩年は財産を娘さんに渡し、家賃12万円の賃貸くらしを
していて近くのコンビニに頻繁に通っていたそうで、
「宍戸さんは、日に2~3回は買い物にいらしてました。
宍戸さんの食事のほとんどは
うちの商品だったのではないでしょうか。
宍戸さんも冗談交じりに
『俺の体はさ、ここの弁当でできているんだよ』とよく言っていました」
日に二~三回というのはかなりのヘビーユーザーですね~。
実は亡くなる前日の17日に、
宍戸さんとコンビニでばったり会ったんです。
宍戸さんのほうから『よ、元気かい?』と声をかけてくれて、
聞き返すと『俺はまあまあだな……』と笑っていました」
晩年は自宅の火事などのトラブルに見舞われながら
こんな親しみを感じるエピソードが残っている
宍戸錠さんのキャラは亡くなった
今も良いイメージで愛され続けるでしょうね
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